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当世貧乏気質 【1】
<自律金銭失調症という病>
思えば、すでに十年程前のことになるが、「一億総中流意識」なる言葉があった。
今となってみれば、日本全体が、その後の厳しい状況を予想だにせず「一億総浮かれ状態」であった姿を眼前に突き付けられているかの様で、実に何とも恥ずかしい言葉である。
さて現状はと言えば「一億総不景気状態」。
FP(ファイナンシャルプランナー)という金銭に直結した仕事をしている私にとっては「こう景気がわるくちゃあ」という言葉はお客様の挨拶の様なもの。
下手に「ウチは景気が良い」などと言えば、「何か悪い事でもやっているに違いない」と、人格まで疑われかねない有様である。
ところが、冷静になって考えるに、「景気が悪い」「早く景気が回復してほしい」と口
にする人々の頭の中には、どうもバブル時代の残像が少なからず存在するように思われる。
バブルと呼ばれた異常な時代との比較で景気云々を語るのであれば、一億総浮かれ状態から、いまだ完全に覚醒できていない状態と言えるであろう。
さて、一方で、不景気自体をほとんど実感できていないであろう人々も確実に存在する。この四月に新入社員となった社会人一年生である。
彼等は就職難が不景気のせいであると認識してはいても、景気の良かった時代を知らない。勿論バブル期に会社の金で豪遊した経験
もない。そしてようやく入社した会社は、まさにリストラ断行中。不景気を実感しように
も、比較対象する経験のない彼等にとっては、今が「当たり前」なのである。
二十数年後「俺達の若い頃はなあ、そりゃあ大変だったんだ。それに比べて……」などと口にして、2000年生まれの新入社員たちから、うるさいオヤジと煙たがられているかもしれない。
景気や金銭に対する感覚は、世代によっても大いに異なるものなのである。
かく言う私は、東京オリンピックの二年前、3昭和三十七年の生まれ。高度経済成長の本格化と時を同じくして生を受け、右肩上がりの経済を当然のものとして育った。幸いな事に、真の意味での貧困とは縁薄く育った世代である。
私が社会人となったのが昭和六十一年。昨今の就職難とは正反対の「青田刈り」全盛の時代であった。企業は、人材確保ならぬ人員確保のために、多大の費用をかけ、自由で進歩的な会社を装うためのCIを実施。一度つかまえた学生に逃げられない様にと、会社訪問解禁日に合わせて、海外旅行研修を行う、とんでもない会社さえあまたあった。
そんな中、私はと言えば、家業の寿司屋を継ぐものと少しも疑う事なく、似合わぬスーツ姿で駈けまわる友人達を横目で見ながら、ひとり、のん気に日々を過ごしていた。
ところが、八月も半ばを過ぎたある日の夕食時のこと。父が、何気ない口振りで言った
のである。
「お前、そろそろ就職活動した方がいいんじゃないか。」
寿司屋が東京都の再開発計画で移転になることはわかっていたが、すぐにまた別の場所で開業するもの、私もそこで働くものと信じていた身にとっては、まさに寝耳に水、驚天動地の一言であった。
そもそも、父の感覚では「そろそろ」であっても、周囲の友人達はとっくに内定通知を受取り、卒業論文を気にかけつつも、人生最後の休暇を楽しんでいる。世間の就職活動は大方終了しているのである。これは大変なことになったと、「そんな事言わずに、一緒に店、やろうよ」と言う私に、父の形相一変。
「寿司屋にするために大学に行かせたんじゃない!それに、店をやるにしても、それは俺の店であって、お前の店じゃない!」
こうきっぱりと言われたのでは仕方ない。「どうせならもっと早く言えよ!」と父の世間知らずを嘆きつつ、泣く泣く遅ればせながらの就職活動を開始したのであった。
今思えばよく就職できたものである。
リクルート社から送られて来る膨大な就職情報は、目を通される事もなく、次々とトイレットペーパーに交換されていた。当時、文系学生の人気一位であった「電通」という会社を、「東京電力」または「日本電信電話」の同業であろうと漠然と思っていた。ちなみに「博報堂」は「任天堂」か「ひさや大黒堂」の仲間だと思っていた。
かように出遅れた私であったが、こんな右も左もわからない状態から、短期間の内に三社から内定通知を得ることが出来た。さらには、突然、某証券会社から、「ご友人から、あなたがまだ就職先を決めていないとお伺いして電話しました。是非当社に来ていただけませんか?もし営業は苦手だとおっしゃるのなら、総務など、しかるべき内勤の部署に配属いたしますので……」という電話まで掛かって来た程の売り手市場であった。
今の学生さん達から見れば、羨ましく、また腹立たしくもあるだろう。厳しい就職戦線を勝ち抜き、リストラ断行中の会社に飛び込んできた彼等から、いずれ「アイツ等は楽してきた甘い世代だから……」と言われてしまっても言い訳のしようもない世代なのである。
さて、運良く就職できた広告業界に十年間身をおいた後、全く異業種とも思える「ファイナンシャルプランナー(FP)」へと転身した。ちなみに、広告屋時代は「マーケティングプランナー」であった。思うに、いつも一般からはよくわからない職種についている私である。
その頃、バブルは完全に崩壊していた。
FPとは、簡単に言えば、ご家庭や会社にお伺いして、お金に関わる話をする職業である。当然、景気のよい話はもはやあまり聞かれず、それどころか、久しく耳にすることの なかった「生活が苦しい」という言葉を、しばしば、しかも直接耳にする様になった。
そして昨年のことである。
いつもの様に、ご家庭におじゃまして、話を伺っている最中、私と同年代の奥様が、突如叫んだのである。
「ウチ、ビンボーなんです!一体どうしたらいいんでしょう!」
私はFPであって、みのもんたではないから「ビンボーなんです!」とあからさまに言われても、どうしようもない。
何より、絶えて聞く事のなっかた「貧乏」という言葉を、しかも同年代の人から、面と向かって訴えらた事は大きな衝撃であった。
それは、あたかも、絶滅したと伝えられていた動物が、森の中で眼前にひょっこりと現われたかの様な思いの出来事であった。
一億総中流などと浮かれていたわずか十年後、撲滅されたかのような「貧乏」という言葉は、知らぬ間に、我々の身の回りに忍び寄っていたのである。
ところで、ここまでを読んで、怒りを覚えた方も多数いらっしゃるであろう。
「甘ったれるんじゃない! 本当の貧乏とはこんなもんじゃないんだ!」と。
おっしゃる通りである。
私に「貧乏」を嘆いた奥様も、車を持ち、ビデオカメラを持ち、まだ日本語も満足に喋れないような子を英会話教室に通わせている。にもかかわらず「貧乏」と口に出し、嘆いてしまうのは、真の貧乏と縁薄く育った我々の世代のひ弱さであろう。
衝撃から立ち直った私は、奥様に言った。
「奥さん、車があって、ビデオカメラがあって、それで貧乏だなんて言ったら、腹を立てる人がたくさん居ると思いますよ」
すると奥様、それまでのしおらしい態度から形相一変、吐き捨てるかのように
「そんな、車もビデオカメラもないような家と一緒にしないで下さい!」
ふと気付いてみれば、我が家には車もビデオカメラもない。してやったりと、その事実を告げた私に対し、奥様、反省するのではなしに、何と、私を憐れみの目で見るのである。こころなしか、以降の口調までが同情の響きを感じさせる。不本意ながら、私は、貧乏宣言をしたご家庭に「下には下がいる」という安心感を与える仕事をしてしまったのである。
ともあれこのご家庭、決して貧乏などではない。ごく平均的な家庭である。家計診断をした私が言うのだから確かである。
つまり、問題は収入でも、家計でもない。
「貧乏だ」と嘆いてしまうその事自体にある。
事実、このご家庭よりもはるかに収入が低くとも、貧乏などとは少しも悲嘆せず、明るく楽しく暮らしていらっしゃるご家庭は数え切れぬほどたくさんある。
健康なのに病気だと思いこんでいれば、いずれは肉体も蝕まれる。同様に、貧乏だと思い込んでいれば、家庭は暗く、生活も苦しくなり、ついには本当の貧乏に陥ってしまうであろう。私は、この病を「自律金銭失調症」と名付けたが、貧乏を嘆いていると本当に貧乏になってしまうという症例に、過日、ついに遭遇した。
いわゆる「テレビ家計簿診断」というヤツである。テレビ番組においては、ウケ狙いで、しばしばとんでもない一般視聴者も登場するが、この方は、そうした例外的な人物ではない。普通の主婦とお見受けした。
ただし、この奥様、以前から「貧乏だ、何とかしなければ」と事あるごとに口にしてい
たという。
そしてある日、一念発起。お子様の保育園入園を1年繰り上げ、パートを始めた。もとより生真面目な奥様、パート先の社長から仕事ぶりをほめられ「いずれは正社員に」の言葉もかけられたという。
さて、三ヶ月のパート収入で、家計は一瞬、一気に楽になった。そこで、正社員になるのだからとパソコンを買った。前々から加入しなければと思っていた学資保険に契約した。さらには子供の安全のためにと、車を買い換えた。一家から貧乏は去ったかに思えた。
ところが、パートは六ヶ月で終了してしまった。正社員どころではない。「もう結構。おつかれさまでした」の一言であった。
残ったのは、パソコンと車のローンに学資保険の保険料。とどめはパート先の友人から「儲かった」と聞いて手を出してしまったネット株式投資。なけなしの貯金まで半減してしまったという。
かくのごとく自律金銭失調症が実害をもたらす事は明らかである。この奥様に同情はするが、前述の状況をもたらしたのは、奥様の心の余裕のなさ、つまりは「貧乏」と嘆いてしまう心の有り様そのものである。これは決して詭弁にはあたらぬと思う。
かつて市井には「金はなくとも楽しい我が家」という暖かい言葉があった。また「清貧」
という崇高なる理念も確かに存在する。少なくとも安易に「貧乏」を口にすることからは何も生れない。ましてや明るく、文化的な家庭は生れるはずもない。
エラそうなもの言いになってしまった。どうかひ弱な世代の、自戒の意味を込めた言葉だとお許し願いたい。
ともあれ、自律金銭失調症という病は今や社会に蔓延しようとしている。この病と戦う
事は、日本のFPとしての責務であろうと強く思うのである。
この文章は「ビジネスメーカー」に掲載された物です。
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